ファーストアルバムのマスタリングが終わった数日後、かれこれ17年と数カ月前のことであるが、友人とお酒を飲んでいて気分が加速度的に盛り上がり、なぜだか歩道を全速力で走った。
走りながら私の気持ちは、ものすごく嬉しい嬉しい嬉しい、楽しい楽しい楽しい楽しい、幸せ幸せ幸せ幸せ幸せ〜〜、であったことは覚えているが、それはファーストアルバムが完成したこととはまったく別の喜びだった。なぜなら私はその日とても落ち込んでいて友人とお酒を飲む事にしたのだから。
とにかく、なんだかわからないけれどもムショーに嬉しくて、深夜の歩道を走った。それも全速力で。
酔った両脚は30メートルも走り切らないうちにたやすくもつれ、派手に転んで顔に怪我をした。
血が流れ出るほどではなかったけれど、骨を同時に打っていて、痛みがひどくてまいった。
しかし、その痛みのひどさからしてみれば傷の程度はさほどでもなく、治りも案外早かった。何よりの救いはアルバムのための撮影がすでに終わっていたことだろうか。
転倒事件の数日後には大きな絆創膏を顔に貼って知り合いのlive会場に現れ、同業の友人達を驚かせた。
脳内快感物質でも大量に分泌されていたのか、本人はいたって深刻ではなかったのだ。
その傷、今でもうっすらと、ほんとうにうっすらとだけれども、痕が残っている。
「ほら、ココ。コレ。見えない?」と指ささないと、パッと見にはまったくわからない。
なぜ、あのとき全速力で走る必要があったのか。
見定められないほどに薄まった傷痕を見るたびに、そのことを思う。
酔っぱらいの突飛な行動に理由などない、そんなことは百も承知だが、あのときの「走る」ことへのねじれた衝動や、ほんの僅かな時間私の脳を満たした混ざり気のない純粋な幸福感を思いだすと、不思議と創作意欲がわいてくるのだ。