Darieの超~お気楽日記

音楽家Darie(濵田理恵)が日々のことを綴る、超~お気楽日記。

サロメ考

オペラ「サロメ」を観る。
演劇その他で何度かこの物語に接しているけどオペラ版は初見。
サロメ役のナターリア・ウシャコワは若々しくて、しかもとびきり体当たりなダンスシーンでは客席に声なき「あらら、あら〜。あららら〜〜〜ン・・・・」が渦巻いて、なかなか楽しかった。
ヨハナーンの生首と引き換えに官能のダンスを踊り義父を魅了する、という緊迫した場面だが、これが、、、まさに大胆〜なコスチュームで、私も隣に座っていた女性も、一瞬4〜5センチ引いたほど。(笑)
思い切った演出に、場内が、あくまで静かに、静か〜に、沸いた瞬間であった。
それはともかく、客席のみなさんの心の中にはそれぞれの「サロメ考」が存在しているわけで、私にとっても昨夜の「サロメ」は、何度触れても興味深く、おそろしくも美しい、「サロメ」だった。



サロメ」に触れたのは、5年前の夏、ク・ナウカの公演以来。日比谷公園。草地広場での野外劇だった。
今日のオペラを観ながら、私は5年前の日比谷公園の夏の空気を思い出していたのだ。
なにがどうなったのか、日常を紡ぐ糸がねじれにねじれ、どうがんばっても私一人の力ではほどくことができず、落胆し、かといって絶望してはおらず、感情は自動的にシャットアウトされ、内臓をすっかり抜かれたような気分でとっぷり暮れた日比谷公園の中をてくてく歩いて、草地広場に向かった。
夏であったし、野外会場には蚊がぶんぶんと飛んでいた。
まわりのお客さんたちは虫除けスプレーで防備したにもかかわらずしこたま刺されていたようだったが、内臓もなく、感情もない、顔面蒼白の女には、蚊も寄りつかないのであった。
スカートはいて素足にサンダル、夏の公園、これで蚊も刺さないとなれば、いよいよ私の人生も終わりか、、、などと身体から遠く離れた場所で私に似た誰かの意識が、ボソッと思う。まあ、もともと蚊には刺されない体質なのだから当然の結果なのだが、そういうときはそんなことでも「人生の終わり」とかアホなことを考えるもので、悩みとか憂鬱って、しょせんその程度のことなのだ。
我ながらまったくシケた思い出だが、このとき私は夏の夜の公園の、さまざまな有りようの霊気にやさしく揺さぶられ、癒された。
そのことを思い出した。
ユダヤの王女の退廃の物語が終わり、演者達は闇の中にゆっくりと散り散りに溶けていく。ああ、終わったのだ、と席を立ち、月高く昇る中、夜の公園を横切って駐車場までの暗闇の道程に、私はなぜだかとても安心し、家までの数十分をカーラジオとともに楽しく過ごした。そう、夜の森の精霊達が身体をすり抜けてくれたおかげで、この世の終わりかとうなだれていた一人の女が、「楽しい」気持ちで、家路についたのだ。
ロウソクの炎が燃え尽きていくのを、静かに見守っているときのような。
尽きていくものを惜しむと同時に、いま尽きようとしているものに守られている気持ちになる、そんな楽しさ。
そのときのなんとも言えないひっそりとした複雑な楽しさを、昨夜、舞台上に身を投げだしてヨハナーンの首を抱きしめ口づけするサロメを眺めながら、思い出していた。
死の楽しみ、死の匂い、死の温度。
サロメを観ると、私はこれからも、なんとはなしに憂鬱で楽しい気持ちになるのかもしれない。