Darieの超~お気楽日記

音楽家Darie(濵田理恵)が日々のことを綴る、超~お気楽日記。

だまされた、のだぁ。

洪水のように押し寄せる。
蝉の声が全身に、風切る音が耳たぶに、森から一束の虹が流れ来るごとく涼風が両頬に。
して、無心でペダルを漕ぐ。


自転車って不思議な乗り物だ。
サドルにまたがる我が身がこんなにも剥き出しなのに、なぜだか妙な安心感がある。
仮にそれが壊れかけのオンボロ自転車であっても、まあなんとかなるだろう、とさえ思えてしまうのは何故だろう。
自転車に乗れる人は例外なく全員が、この道具を扱うに際して幼い頃にきちんと訓練のプロセスを経た記憶を身体の中に持っているからだろうか。
初めて父親のアジャスト無しにペダルを漕いでぐいぐい走ったときの、あの感動!
走ったはいいが曲がりたくても曲がれない、視界が思い切り狭くなって人生初の大ピンチに見舞われたときの、あのテンパリよう!!
そしてその直後、見事に転倒して擦りむいた膝っ小僧の、なんと痛かったこと!!!
自転車に乗ったことのある者の心の中には、それぞれに、それぞれの、すばらしき自転車感動物語がある。


自転車が不思議な乗り物ならば、私達の走っていた道も、どうにも不思議な道だった。
とても気持ちのよい下り坂。
しかし、下り坂は、かならずや下り尽きるときが来る。
楽あれば苦あり。下ったからには、のぼりがあるのだ。
いつかは背中にびしょりと汗をかきかき、下った分だけひーこらのぼっていかねばならない。
そんなことを覚悟しながらひたすらゆるやかにペダルを漕ぐ。
ところが覚悟している私の気持ちとは裏腹に、道はゆるやかにカーブしながら、どこまでも心地よく下っていく。
うねうねと、緑の中、ひたすら全方位から名残の蝉の声を浴びながら、頭上の雲がしっかり自分についてくるのを視界の隅に感じながら、ついぞ、のぼりらしいのぼりを走ることはなかった。
そして、一周。出発点に戻ってきた。
まるで、エッシャーの「だまし絵」の中をくぐり抜けてきたような気分だった。


そう。
だまされた、のだぁ。
まんまとだまされて、何もわからず喜んでいるうちにぐるりと一周させられ、気がついたらもと居た場所に立っていたなんて。
あれはやはり、夏の終わりの白昼夢であったと、あとから思うことにした。


今日は8月最後の日曜日。
静かな、静かな、夜。
静かな、食卓。
静かに、慎重に、歩み寄る秋の気配。
あれほどうるさかった蝉も、ようやくおとなしくなった。